強迫性障害の加害恐怖で運転が不安な患者にカウンセリングした体験談
40代女性 これは強迫性障害の患者さんと精神科の看護師(私)のやり取りのエピソードです。
ある日、まじめで神経質な性格の患者Aさん(40代男性)が 私が看護師として勤務する精神科病院を受診しました。
Aさんは車を運転していたときに突然、

今、何か轢いたのではないか!?
…と不安に駆られ、そのたびに逐一車で通った道を引き返して 何も轢いていないことを確認していたそうです。
しかしその後にも同じようなことが繰り返し起こったことで、ついにAさんは加害恐怖から運転ができなくなりました。
運転するたびに「何か轢いたのでは!?」という不安がつきまとうことについてAさんは

実際に何かを轢いたわけではないんです。だから自分でも「ばかげている」と頭ではわかっているのに、そのたびに不安を感じてしまう。それで「何も轢いていないんだ」ということをわざわざ確認しなければならなくなって。そんな加害恐怖がつらいんです。
まずは強迫観念と強迫行動の相関関係を知る必要がある
カウンセリングの中で私はAさんに強迫観念について説明しました。

「ばかげている」と自分では思っているけれど打ち消せない考えを「強迫観念」といいます。そしてそれを消すためにする行動が「強迫行動」です。
Aさんの場合は「車で何か轢いたのではないか」という考えが強迫観念で、それを打ち消すために「車で戻って確認する」のが強迫行動ということですね。

なるほど…。他にも同じようなことがあります。例えば、手を洗っても「まだ細菌がついているんじゃないか」と思って何度も手を洗ってしまったり。突然不快な言葉や罵倒する言葉が頭に浮かんできて 頭を振って打ち消したり。
これらが頻繁に起こるようになってからAさんは生活がまともに送れなくなり、ひきこもるようになったということです。
次に強迫観念と脅迫行動を分析してみる
Aさんのカウンセリングとその後の経過観察を続けることで分かったことがいくつかありました。
まずAさんにはいろいろな「強迫観念」とそれに伴う「強迫行動」があることを確認しました。
またAさんの中にあるたくさんの「強迫観念」にはそれぞれ強さがあることが分かりました。
例えば「運転中に何か轢いたのではないか」と思う強迫観念より「何度も手を洗っても手に細菌がついている」という強迫観念のほうが弱い、という具合に 強度にランク付けができそうだということ。
さらにそれらを打ち消す「強迫行動」をしないといけない!と思う気持ちにも そのランク付けに伴って強さが違うことが明らかになりました。
そこで私はAさんの現状から説明しました。

強迫観念があり、それを打ち消すために強迫行動をすると、さらに強迫観念が強まって強迫行動もひどくなり、どうにもならない状態になります。それが今のAさんの状態です。
我慢すれば時間が経つと強迫観念は消えることを学習していくプロセスが必要
Aさんには この病気は強迫性障害という名前がついていることや、治し方には薬の内服や考え方を変えるなど、複数あることも併せて説明しました。

じゃあ どうしたら治るのですか?

基本的には強迫行動をするのがNGです。強迫行動を我慢すれば強迫観念も弱まり、強迫観念が弱まれば強迫行動も少なくなります。

その強迫行動をどうしてもやめられないんです。不安で仕方なくて。

強迫観念と強迫行動には強さの違いがあるんですよ。ここで大事なのは『弱い強迫観念⇒弱い強迫行動』をしないように我慢するのです。どうしても我慢できないものは、まだ今のAさんには解決できないもの…と割り切って、無理して我慢しなくてもいいですよ。
でも、例えば『手を何度洗っても細菌がついている気がする』という強迫観念はほかの強迫観念に比べて弱いんです。そういう弱い強迫観念から克服していきましょう。
はじめはつらいかもしれませんが『手を洗いなおす』という強迫行動を我慢するんです。我慢しているうちに時間がたつと強迫観念は消えてしまいます。これを繰り返すことでね少しずつ強迫症は治っていきます。
こここまでじっと耳を傾けていたAさんは涙目になり

そうやって克服していくんですね。プロセスがよくわかりました。ありがとうございます!
そしてその後、Aさんは臨床心理士によるカウンセリングを受ける予定でだったのをキャンセルしました。

教えてもらったことをやってみれば、何とか治るかもしれない。とにかく、できるところまで自力で頑張ってみよう。
…と思ったAさんはあらゆる予約をキャンセルしたということでした。
このカウンセリングからだいぶたってから、私は外来通院していたAさんにばったり会いました。
しばらく会っていなかったので、Aさんがどんな状態なのかがさっぱりわからず

その後どうですか?
…と訊ねてみると

少しずつ加害恐怖がなくなってきて、なんとか車に乗れるようになりましたよ。
…と笑顔で話されていたのが印象的でした。
心の病気の治療は長い道のりですが、運転ができるようになったということは Aさんは強迫症克服にだいぶ努力されていたのだと思い、ホッとしました。
強迫性障害の治療法とは?
強迫性障害の治療には、次の2つの療法を組み合わせるのが効果的だとされています。■認知行動療法 ■薬による治療
【認知行動療法】再発予防効果が高い「曝露反応妨害法」が代表的な治療法です。 患者さんが強迫観念による不安に立ち向かい、やらずにはいられなかった強迫行為をしないで我慢するという行動療法です。たとえば、汚いと思うものをさわって手を洗わないで我慢する、留守宅が心配でも鍵をかけて外出し、施錠を確認するために戻らないで我慢する、などです。こうした課題を続けていくと、強い不安が弱くなっていき、やがて強迫行為をしなくても済むようになると期待されます。
【薬による治療】患者さんの多くは、強迫症状や抑うつ、強い不安感があるので、まず抗うつ薬のSSRI(セロトニン再取り込み阻害薬)で状態を安定させてから、認知行動療法に入るのが一般的です。うつ病よりも高用量で、長期間の服薬が必要です。最初は少量から始め、薬との相性を見ながら服薬量を増やしていきます。SSRIはほかの抗うつ薬に比べると、副作用は軽いのですが、服用による体調不良などあれば、すぐに医師に相談しましょう。
【アドヒアランスが重要】アドヒアランスとは、患者さん自身が治療方針の決定にかかわることで、「治そう」という意欲を高めて治療効果を上げることです。強迫性障害の薬物治療では、服用量の多さに不安を感じがちです。認知行動療法がつらくてイヤだと感じることもあるでしょう。しかし、医師から十分な説明を聞き、病気や治療のことが理解できれば、必要な治療であると納得できます。なお、治療法は、個々の患者さんに合わせて決定されます。自分が不安に思うこと、治療法の希望などがあれば、医師に相談してみましょう。 引用元:厚生労働省
