家族の死別から立ち直れない認知症女性の奇妙で悲痛な体験談
40代男性 これは認知症の人が、家族の死を受けられないままに過ごした結果に起こったと思われる出来事です。
私は介護関係の仕事をしていますが、介護といってもヘルパー等ではなく、介護用品販売です。
介護用品は介護認定を受けている人であれば1割くらいで購入できます。
基本的にはケアマネージャーから依頼を受けて要介護者の家に行き 介護用品を購入してもらうというという流れです。
しかし実際には 私達の会社に直接介護用品を買いにいる方もいます。
ある日、会社に一人のお客さんがやって来ました。

家族が認知症なので、入浴の為の椅子(シャワーチェアーという浴室の中で使える椅子)が欲しいんです。
私達はその方のお宅へ伺い サンプル品等を見ていただいてから購入する商品を決めてもらうことにしました。
そのお宅は高齢者の姉妹2人で住んでいるということで この日相談に来たのはお姉さんでした。
妹には認知症であり 歩行時などにふらつきがあるとのことでした。
しかし私がお宅に伺った日には妹は不在で会えなかったので、お姉さんにサンプル等を見てもらいました。
しかし、いくつか持って行ったサンプルは気に入ってもらえず、後日また別のサンプルを持って伺うことになりました。

妹さんが介護認定を受けているのであれば、介護保険を使って1割で購入することができますよ。
…と伝えたのですが、

介護保険は使わず、全額自費で購入したい。
…との意向です。
その時点で不思議に思いました。
介護認定を受けているのであれば1割で買える商品なのだから利用した方が良いのになぜだろう?
しかし「介護保険は使わない」と言われてしまったらそれ以上追求する訳にはいきません。
さらにもっと不思議なことは

妹さんのケアマネージャーに一応報告しておいた方が良いと思います。名前と連絡先を教えてもらえますか?

いや、その人には知られたくない。
何か深い理由があるのかな?と思いましたが、とりあえず商品を決めてもらわないことには話が先に進みません。
その後も3回ほどお宅を訪問してサンプルを見てもらったり お話を聞いたりしました。
しかしそれでも一度も妹にお会いすることがありませんでした。
ようやくお姉さんが納得する椅子が決まり、納品することになった日の出来事です。
ちょうどその日にそのお宅にはヘルパーが来ていました。
どういうわけかヘルパーは私達が来ていたことに少し驚いた様子で、こちらから事情を説明すると、ヘルパーは

ちょっと外に出ませんか?
…と言って私達を一度外に連れ出して この家の事情を話し始めました。

ここには妹さんは…いませんよ。今日はいないのではなく、もはや住んでいないということです。
私達は何が何だか訳がわからず顔を見合わせていると、ヘルパーが事情を話し始めました。
そして奇妙で悲しい事実が分かったのです。
実はそのヘルパーは妹のではなく お姉さんのヘルパーだったのです。
お姉さんは私達から見ると 高齢ではありますがとても元気でお喋りもしっかりできる方でしたが、実は認知症で介護認定を受けていたのです。
認知症といっても症状の重さは人それぞれで、少し対面しただけでは気づかない場合もあります。
お姉さんの認知症は軽度と中度の間くらいの状態だとのことでした。
それ以上に驚いた事実としては、妹は既に他界していたことでした。
彼らは姉妹で一緒に暮らすくらい仲が良く、お姉さんはとても妹を心配していたようです。
しかし晩年の妹は重い認知症になり その後ほどなくして他界したそうです。

たぶんお姉さんは妹さんの死を受け入れられなかったのではないかしら…。
それから間もなくしてお姉さん本人が認知症になり

自分も認知症なのではないか?
…と自分から検査を受けたのですが、実際に認知症と分かると その現実を受け入れたくなかったのでしょう。
ですが、自分から介護認定を受けるために ケアマネージャーに認定調査をお願いするくらいしっかりしている人です。

妹さんの死と自分の認知症。悲しい2つの事実のつらさから逃れるために「妹のための椅子」を買うことで、『自分はしっかりしているんだ。そして妹のためにできることがあるんだ。』と思いたかったのかもしれませんね。
…とヘルパーは言っていました。
お姉さんも足腰はそれほどしっかりしているわけではないので、結果的に椅子を購入して現在も使っていただいています。
私が一番忘れられないのは、椅子を箱から出して浴室に置いた時のお姉さんの表情です。
とても嬉しそうでもあり、少し寂しそうでもあり。
その様子を見た私も、何とも言えない 複雑な心境になってしまいました。