毒親育ちカウンセリング体験談!自立を阻む家族の過干渉に直面した話
20代女性 これは私が母親の過干渉を認識して毒親だと気づいた時の話です。
元々私は学校のいじめが原因のうつ病で心療内科に通っていましたが、今回の件で毒親カウンセリングも受けることにしました。
現在の私は離職して双極性障害による療養中です。
過干渉毒親から離れるためプチ家出を決行した
母は私の幼少期から病院には必ず付き添い、具合が悪い私ではなく母が「どういう状態なのか」を喋るきらいがありました。
金銭も母親に完全管理されていて「成人するまで余計な物は買うな」「余計なことは言うな」といった調子でした。
しかしそれを私は「自分への心配からくる言葉」だと受け止め、成人するまでは気にも留めていませんでした。
また、母もうつ病を経験したことがあるので「先駆者の言う言葉は聞くべきだ」と考えてしまっていました。
しかし「やはり自分はこのままではいけない!」と思い立ち、自立するための計画を考え始めました。
そんなある日、姉が甥を連れて帰省した際に、私は思い切って家族の前で「今の私の状況」と「これからの療養のためにしたいこと」を宣言しました。
すると母親は激怒して

それはひどく親に対して失礼だ。あんたに自立なんてまだ無理。そもそも親に恩を感じていないから、そんな偉そうなことが言えるんだ。
家族の前で「一人では何もできない認定」をされた私は この出来事を機に 一週間ほど県外まで初めての家出をしました。
そこには「本当に何もできないかどうか」を家族に見せつける目論見がありました。
いつまでも小さな子ども扱いしてくる母親から、私は卒業したかったのです。
「毒親育ちカウンセリング」を受けて毒親の実害はかなり大きいものと理解した
私はプチ家出の前に心療内科の電話診療を受けました。
そこでこれまでの家族とのいきさつを話したところ、カウンセラーから 私の母親は毒親だと判断されました。
私の辞書に「毒親」という言葉はなかったので、家出中に「毒親」についていろいろと調べてみたところ、どうやら私の母は過干渉毒親というものらしいとわかりました。
その後、心療内科医にも毒親について詳しく教えてもらう機会がありました。
毒親に挙げられる例や判別する為の基準、その特徴。
…と言われました。
今回の件の重要性を飲み込むまでに数日かかったものの、内向的に育ち、黙っていれば全て何とかなる様なつもりで成長してきた私は毒親の実害をなんとか理解しました。
毒親について何も理解していない姉が親の肩をもつこともイラッとする!
家に帰ってからすぐに私は姉と和解し、毒親の件について相談しました。
うちでは母より姉の方が視野が広く、県外でのものの見方や地域の考え方に囚われない意見を出してきます。
母でさえ姉には言い負かされることが多かったので、姉から母に伝えてもらうためにすべての事情を話したのですが、姉もまた

お母さんは心配から言ってるだけだよ。あんたのことが大事で、大事だからこそ その言葉も出て、何もかも管理もしてしまうんだと思う。
…と言うだけで、私をかばってくれることなく、それどころか「毒親」という概念を持ち合わせていませんでした。
私も母には感謝はしているものの、
…という部分に危機感を持っているのですが、身内にはわかってもらえない現実を突きつけられました。
毒親の自覚がない母に「毒親やめたいカウンセリング」を受けさせるのは不可能
心療内科の担当医は親身になって私の話を聞いてくれたものの、

母親からの理解が得られなくては話が始まらないですよね。
結論としては 母をこの病院に連れて来て カウンセリングを受けさせるしかないのですが、あの母親は頭が固いので「あなたは毒親なのだ」と医師から言われても 自分の非を簡単に認めることはまずないでしょう。
それよりも「毒親」の概念自体を母親に理解してもらうのはもっと難しいと思われました。
心療内科医には「なんとかならないか?」とこの件について4回相談をしているものの、やはり毒親自身にその自覚が芽生えない限り、事態が動くことはないようです。
私自身も今すぐに大きな行動を起こすのは無理ですが、これだけ毒親に対する周囲の理解を得られないとなると、自分から毒親の元を去り、縁を切る以外の解決策はないのかもしれません。


